NIEに記者として挑戦
読売新聞 和歌山支局 記者 石黒彩子
「中学1年生を前に新聞について授業をしてくれないか」
支局長から依頼を受け、NIE教育の一環で2017年1月、美浜町立松洋中学校で生徒の前に立つことになった。それまで、教壇に立った経験はなく、何を話せばいいのかと困惑したと同時に、新聞を身近に感じてもらえる絶好の機会だと心が躍った。
まずは担当教諭との打ち合わせから始めた。教諭から綿密に書かれた授業計画を手渡され、非常に驚いた。びっしり書かれていたのは学習の目的やタイムスケジュール。なるほど、いつもこういう書類を作って授業をしているのかと、先生という仕事の大変さを垣間見た。「せっかくなので授業っぽくしたくない。ちょっとした取材体験をしてほしい」と伝え、相談を重ねた。
与えられた講義時間は2時限分。事前にアンケートを実施してもらった。あらかじめ同じ日の新聞を十数部送付し、授業の中で新聞を読んでもらい、「気になる記事はどれか」「新聞は読んだことがあるか」「記者に聞きたいことは何か」などを質問。回答をもとに、話す内容を考えた。
当日はテーマを大きく二つに分けた。一つは、新聞を楽しんでもらおうと、新聞そのものについて解説した。事前の質問を踏まえて、読み方や取材の仕方、記者の必須道具などを紹介。自分で情報を取捨選択できるようにと、インターネットで出回るフェイクニュースの注意点についても触れた。
もう一つは、「顔」というコーナーを手本に、生徒たち自身に記事を書いてもらった。人に注目し、人生や思いを短くまとめる記事だ。本来は2人1組でお互いの話を聞いて、原稿を書くのも面白いと考えたが、時間は限られ、人数も多かったため、取材対象を記者とした。記者になった経緯や、やりがいなどを話し、生徒らが質疑応答で追加取材をして、それぞれに記事に仕上げてもらった。
結果は意外だった。楽しんでもらえると思った新聞解説の時間よりも、後半の方が反響があった。記者になったきっかけを語っていた時、教室は静まりかえり、生徒たちの真剣な目が一身に集まっているのを感じた。あまりの静かさに、心配になるほどだった。「心をつかんでいた証拠です」とあとからそっと教諭が教えてくれて安心した。出来上がった記事も、同じ話を聞いたはずなのに、一つ一つ個性にあふれていて興味深かった。
講義の出来は、正直なところ、反省点も多く、再挑戦できるものならしたいくらいだ。それでも、記者という仕事を知り、この出会いが少しでも心の片隅に残り、なにかのきっかけで思い出してもらえたらうれしい。新聞を初めてスクラップしたのは中学生の時だった。その時は、文章を書くのは好きだったが、記者になるとは夢にも思わなかった。新聞には社会と世界が詰まっている。まずは触れる楽しさから知ってほしい。