「ごった煮の効用」

読売新聞和歌山支局長・辻美弥子

 10年ほど前、数字のパズル「数独」にはまっていた時期がある。仕事の合間の気分転換に、夕刊や日曜版に掲載されている新聞各紙のパズルをせっせと解いていた。そんな中、数独コーナーの隣で始まった連載にふと目が向いた。ある女優の乳がん闘病記。人物にさほどの興味はなかったが、ちょうど日本における乳がん患者の増加がよく記事になっており、40歳目前だった私自身、どこか気になっていたのだろう。
 年齢の近いその女優が受診したきっかけは、入浴時に気づいた胸部のしこりだったという。なるほど、自分で見つけたんやね――。連載に触発されて、入浴時、自己点検してみた。背筋に冷たいものが走った。まさかと思いながら検査を受けると、指先に感じたしこりは、まさに「乳がん」だった。医師に言われた。「早く見つかってよかった。お仕事しながらの治療で大丈夫ですよ」。診断結果を聞きながら、なぜか「数独やってて助かった」とばかり思っていた記憶がある。

 新聞をガサッと開くと全幅82㌢弱。大人が両手を軽く広げた範囲の紙面に、喜びと悲しみ、笑いと怒りが、隣り合わせに収まっている。
 それを私たちは、ちょっと格好をつけて「一覧性」と呼んでいるが、要するに色んな素材を放り込んだ<ごった煮>だ。数独の隣に闘病記が載っていたように、五輪のメダルと並んで事件の報があり、その下にドラマでよく見た俳優の死亡記事があり、その脇には文学や演芸のコンテスト結果が並ぶ……という具合。関心のある記事を読んでいるだけで、自然に目に入る周囲の記事も情報としてキャッチすることになる。時に思わぬ出会いや発見が待っていて、自分の行く道に影響を及ぼすことだってある。私自身、その偶然に救われたといっていいかもしれない。

 インターネットが情報収集手段の主役になって久しい。総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査(2016年)」によると、「趣味・娯楽情報を得る」はネットが56.3%、新聞2.5%。「調べ物に役立つ情報を得る」はネット73.3%、新聞4.1%。確かに、今すぐに知りたい情報を検索語一つで集められるネットは便利でありがたい存在だ。
 ただ、どこまで信じてよいのか分からない出所不明のものもたくさんあって、見分けるのが難しい。同じ調査で「信頼できる情報を得る」という目的だと、ネット17.2%に対して新聞21.3%と逆転するのは、そういう背景あってのことだろう。さらに、検索語で集めた情報は、あくまで自分の想定範囲内。未知の分野や、関心はなかったけれど妙に気になる話題と出会うチャンスは少ないように思う。
 だからこそ、思いもかけない扉を開くことのできる新聞も手にとってみたい。自分の興味の世界だけにとどまるなんて、もったいない。ごった煮の利点を使わない手はない。

「ごった煮の効用」辻美弥子・読売新聞和歌山支局長【2018年3月】

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