「新聞は意外としぶとい」
日経新聞和歌山支局長 細川博史
新聞の危機が叫ばれて久しい。だが新聞はしぶとく生き残っている。なぜだろうか。
私事で恐縮だが、私は約20年前、某大手IT企業のシステムエンジニアから新聞記者に転職した。知り合いは皆、私の転職を祝福してくれた。しかし宴会の席で酔いがまわってくると本音を漏らす友人もいた。「新聞って、こう言っちゃなんだが斜陽産業じゃない?」「最先端の企業から、何で古い業界に行くの?就職氷河期にせっかくいい会社に入ったのに、もったいないじゃないか」
ぶしつけな質問にもあまり腹は立たなかった。私自身が不安に感じていたことからだ。当時はITバブル真っ盛り。インターネットが爆発的に普及し始めた頃で「ネットによって新聞は消滅する」との予測がさかんに吹聴されていた。米国ではAOLがタイム・ワーナーを買収し「新興ネット企業が老舗メディアを飲み込んだ世紀の合併」と騒がれていた。そんなときに、わざわざIT業界から新聞業界に転じる私を周囲は「ジャーナリストのくせに先の見えない奴」と思っていたのかもしれない。
実際、その後の20年で、新聞は多くの読者をインターネットに奪われた。私の知り合いは「新聞はとっていない。ネットを見れば必要な情報はすべて手に入る」と言い切った。ある先輩記者は私に「俺は何とか逃げ切れるが、おまえの世代になったら業界はどうなっているか分からないよ」とぼやいた。新聞はネットに打倒されるかに見えた。
だが、意外な展開もあった。
AOLとタイム・ワーナーの合併では、凋落したのは「新しい」AOLの方だった。「新聞はとっていない」と言い切った私の知り合いは三洋電機に勤めていたが、三洋電機はパナソニックに飲み込まれた。そのパナソニックも一時は経営が大きく揺らぐ事態に陥った。東芝は私が就職活動の一環で学校推薦に一度エントリーした企業だった。しかし今のような惨状になるとは予想もできなかった。
激変したのは新聞ではなく、むしろIT企業の方だったのだ。
国内企業が時代の荒波に翻弄されるなかで、不思議とメディア業界はまだ、本格的な淘汰が起こっていない。理由はいろいろあるだろうが、やはり「日々のニュースを伝える」という仕事が日本からなくなることはないからではないか。紙という媒体も、そんなに簡単に消えそうにない。また紙の読者が先細りだとしても、ネットで新聞を読む需要はこの先、むしろ増えるかもしれない。日経新聞でも電子版の読者は増え続けている。
最近は「結局、どんなにITが発展したとしても、ジャーナリストという職業の必要性が揺らぐことはない」と感じている。そしてNIEこそ、ジャーナリズムの必要性を次世代に伝えていくために不可欠な取り組みの一つではないだろうか。NIEに携わっておられる方々に深く感謝すると同時に「少しでも自分に役立てることはないか」とも思っている。自分の書いた記事がNIEにふさわしいものかどうかは、はなはだ心もとないが……
どんな形態になるにせよ、新聞は今後もしぶとく生き残るだろう。そして私が退職するとき、「新聞は斜陽産業だ」と言った友人が「おまえは見る目があったよ」と前言を撤回することを期待している。